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変わらぬ思い

(子供のころから大好きだった名取市閖上地区)

 

震災から6年。
色んな思いがそれぞれにあると思います。
福島在住のお客様とお話ししていても人それぞれで色んな考え、思いを伺います。

宮城に住んでいれば嫌でも向き合う事が多く、

この仕事をしていれば尚更この6年一体何ができたんだろう。
と自分を責める事が多くありました。
そんな方も多いと思います。

私にできたことはほんの少しで
これからも大したことは出来ないかもしれない。


でも、この詞のように思い続けることは約束できるかなと思います。


大地に光を
果てしない夢を
太陽にキスを
変わらぬ瞳を

 

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映画【フラガール】のメインテーマ曲の歌詞です。

古い私は常磐ハワイアンセンターといったほうがしっくりくるのですが
福島県いわき市のハワイアンズを舞台にした映画で

DVDも持っているし何回も観ていました。

ウクレレを買ってから、改めてこのテーマソングを聞いてみたら
今の福島にぴったりの歌詞だなぁと胸がギュッとなりました。

 

 

変わらぬ思いを愛する東北へ。

 

 


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09:09 東日本大震災 -
無限の愛を送ります。
この季節の太陽の温かさや顔にあたる風の冷たさに
自然とあの日のことを思い出します。

3月11日

あの日は昼間は太陽も出ていたのに、
地震発生の後は雪が降ったり、
深夜には見たこともないような満点の星空が輝いていました。



もう5年。
まだ5年。

早かったのか、遅かったのかわからないけど
あの日からの1827日間も、今この時も、これから先も
変わらないのはいつの時もこの土地を愛しているということ。

当時もこんな記事を書きました→

どんなに悲しいことや辛いことがあっても。
3・11という日がたくさんの人の記憶から消え
今日のような注目を浴びる日があってもなくても
ずっとずっと変わらずにこの土地を愛しています。





私達は無限に愛を送り続けます。
だってここは
Send Ai だから。


ここに住まわせてくれてありがとう。


ここを旅立っていった方々へ心からの愛を送ります。

KYOKO
08:58 東日本大震災 -
祈り

あの日から3年。
この一年は沿岸地域、福島に住む方々が多くサロンにいらしてくださいました。

計り知れない思いを3年間抱え続けている方に、
私はただ話を聞いて寄り添うことしかできません。
寄り添うことしかできませんが、同じ東北人として、東北を愛する者として、
いつでもどんな時でもみんなが笑顔に戻れる日が早く来る事を心から願い続けます。

そして、遠く離れた場所でたくさんの人達が
日本への祈りを続けている事にも感謝を忘れずにいたいと思います。




愛する東北へ
祈り続けてくれる世界中の方へ
重ねてきた1096回の毎日へ
光へ帰った18576人の笑顔へ
今日も愛を込めて祈ります。







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09:17 東日本大震災 -
あの日を想う
一言では語れないこの2年間。
今言えるのはたくさんの【ありがとう】


私個人の事で言えば、
ずっとお風呂に入れなかった時、家族全員をお風呂に招待してくれた近所のお客様

地震直後から心配してくれるメールや電話

毎日電話で励ましてくれた遠方の友人達

スーツケース一杯に食料を入れて、東京から山形経由で飛行機で駆けつけた姉

友人が送ってくれたたくさんの支援物資

お風呂に入れる場所や、ガソリン、食べ物、配給の状況などを教えてくれた皆さん

笑いが欲しいというリクエストに、徹夜でネタを考えて、ラジオなのに
痛そうな突っ込みを入れながらエネルギー100%使って
笑いを届けてくれたオードリーのお二人、そのお姉ちゃんの友人Cちゃん。

ボランティアに来て欲しいという誘いに、何も言わずに駆けつけてくれた友人。

他にも一杯ありますが、
たくさんの人達に支えられ、励まされ、元気をもらいここまでこれた・・・。



あの日を想うとみんなの「人を思いやる溢れる無償の愛」が
昨日の事のように感じられるのです。


ようやくいろんな感情を手放し【新しい扉】を開けることができたような気がする。
あれから2年がたって、新しい道を歩きだしています。


たくさんの思いに心から感謝しています。


今日は一日、杜と光の都 仙台から溢れる愛と感謝を送ります。

Send Ai






シャスタルアウ in 仙台 &シャスタリトリート 
開催します 詳しくはこちら!!


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10:40 東日本大震災 -
南三陸

友人と南三陸へ行ってきました。

南三陸は仙台から車で90分ほどの場所にあります。


目的はこれ。


三陸きらきらどんぶりです。
うに山盛り♪ ばんざぁ〜い(^o^)

ウニがあま〜くて、それはもう格別の美味しさでした(((o(*゚▽゚*)o)))

仮設の商店街は平日ということもあり、こんな状態。



この仮設商店街の前に大きな三階だてのビルがあったのですが、
形こそ残っているものの、三階の天井、その上の屋上の手すりまで
ボロボロに壊れていました。
三階の天井以上に津波が来ていたって…
どれだけ怖かったんだろう…


よくテレビで報道されている防災庁舎も残っているのは骨組みだけ。
何度もテレビで見ていたのに、画面だけでは感じ取ることのできない
無残さを目の当たりにし
とても写真を撮る気持ちにはなれませんでした。


以前ボランティアに来ていた別の友人が、
『「現地ではジュース一本でも良いのでお金を使って欲しい」と言われた。』
と話していたので、せっせと商店街でお買い物をしてきました。


南三陸と言えば、ワカメ!そして海苔!
お魚屋さんもあったのでホタテなど保冷バックに
ギューギューに詰めて買って帰ってきました。


その後は南三陸から石巻へ。

一年半近くたった今でも至る所に津波で破壊された形跡はありましたが、
正直、もう、あまりわからない。

この場所にぼんやりでも何があったか、
家がどの位あったかなどわかれば良いのですが、全くわからないので、
雑草が生えている土地に建物があったかどうかも想像出来ない。

ただ時々、草が生えた空き地に見える土地に
手作りの祭壇がつくられ、お茶やお花が供えてありました。
この場所に住んでいいらした方々の思いははかりしれません。

どんどん殺風景になって行く景色。
こうやってどんどん風化されてしまうのかと思うと
地震も津波も怖いですが、人々の記憶から消えていく事も
別の意味で怖いなと思いました。



22:46 東日本大震災 -
BEST FRIEND

BURNY FALLSの続きを書こうと思ったのですが、
その前にちょっと思い出した事が・・・。


去年のゴールデンウィーク、東京在住の友人二人に声をかけて
ボランティアをした時の事。
その時の様子はコレ↓
http://kyon.mana-laulea.com/?day=20110504


先日の上京の時に友達に言われました。

私は当時の記憶があまりないのですが、
Aちゃんには「GWボランティアに行くから仙台にこれない?」
Bちゃんには「GWボランティア行くから仙台に来てね。」
と誘ったというか、後者は完全に強制的に決定していたらしい(笑)

それだけでなく、AちゃんとBちゃんは≪私と友達≫という以外なんの接点もない。
もちろん会った事も、喋った事もない。
にも関わらず、Bちゃんが車で仙台に来るというので、
「じゃあ二人で待ち合わせ場所とか時間を決めてサロンまで来てね」と
お互いの連絡先をそれぞれに伝えて、
それはそれは見事な伝説的な丸投げでした(笑)

今思えば、気を配る心の余裕がなかったんでしょうね。
それでも、文句ひとつ言わずに支援物資をたくさん持って
仙台に駆けつけて、せっせとボランティア活動をしてくれた友達。


あれから1年以上経ち、
「あの丸投げはないよね(笑)」と笑いながら、
『あの時のボランティアが大きなきっかけになった。行って良かった』
と話してくれています。

来てくれただけでも本当にありがたかったのに
『誘ってくれてありがとう』と言ってくれて
実際に二人が変わっていく姿を目の当たりにして
この二人を誘って良かったと心からそう思いました。

私も、当時まだまだ混乱が続き、余震も多い被災地へ
何も言わずに笑顔で駆けつけてくれた事が何よりも心強く感じて嬉しかった。

友達って一体何なんだろうと思う事がありましたが
本当に辛い時には寄り添い、手を貸してくれて
何も言わずともそこからたくさんの事を学び、
けっして一方通行にならずに、お互いに感謝することができる。


まさにBEST FRIENDだと思いました。
その後も私がいなくても二人でHAPPYのエクスチェンジをして良い関係が続いているようで
それもまた嬉しい事でした。


あの時、何も言わずに駆けつけてくれた二人の尊い気持ちは一生忘れない。
いつか恩返しができれば良いなと思うのでした。

Yちゃん、Kちゃん
いつも私の傍若無人を笑いながら付き合ってくれてありがとう。
これからも末永くよろしくね〜♪




電話番号・メールアドレス変わりました!
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10:26 東日本大震災 -
支援
仙台に帰省するたびにご来店くださるお客様のお話。
ぜひ、多くの方に知ってもらいたいとのことでしたので
シェアさせて頂きます。

ある日のお仕事中、上司から「俺達の出番だ!」と一枚の小さく切られた
新聞記事を渡されたそうです。

そこには被災地のボランティアが激減しているという記事。

その新聞記事をきっかけに彼女は孤軍奮闘。
普段の仕事の他にやった事もないボランティアの募集や、
バスのチャーター、休憩先の確保、ご飯の手配
細かな備品の準備...

ありとあらゆる事をやったそうです。

金曜日の夜。
20名の方々とチャーターしたバスに乗り込み
東京を出発し、夜行でひた走り朝方に南三陸へ。

現地で頼まれたのは、瓦礫撤去や写真の洗浄などではなく、薪割り。
「なんでだろう?」と不思議だったそうですが、
薪は乾燥してからでないと直ぐには使えない為、
今年の冬のために必要なんだそうです。

南三陸は仙台からもとても遠く感じる場所。
その分復興がだいぶ遅れていて
チャーターしたバスの運転手さんも、震災後何度もボランティア送迎の為に
被災地を訪れていますが、東京からだと行っても石巻辺りまで。
石巻より北は時間がかかり過ぎるので行かなかったそうです。

テレビではかなり復興が進んでいるように見える場所も
大きな瓦礫が取り除かれているだけ。

ライフラインが整う目処もなく、来年のために今から薪を準備しなければいけない状況を
多くの方に知ってもらいたい。
そして、たくさんの人達に来て欲しい。
ボランティアじゃなくても良いからとりあえずきて、現状を見て、
缶ジュース一本でも良いので、現地でお金を使って少しでも経済が回るようにして欲しいと
現地コーディネーターの方がおっしゃっていらしたそうです


私達一人一人にできること。
まだまだ考え、実践していかなければいけない。
改めて思いました。









10:40 東日本大震災 -
From TOUHOKU


2011.3.11

あの日のすべてに・・・

愛と光をおくります。




10:17 東日本大震災 -
もうすぐ一年・・・

テレビでは競うように
「もうすぐ東日本大震災から一年・・・」というフレーズが連日流れていますが
なぜか聞くたびにイラッとするKYOKOです。

なぜかしら・・・?
自分でもわかりません(-_-)

そして昨日は《満月》と《太陽嵐》のせいで一日ダウンしていました。
まったく起き上がれず、ひたすら眠る眠る眠るzzz・・・

それでも不思議な事に満月100%の18:38分を過ぎる事から
ムクムクと回復して鼻歌を歌えるようになりました(笑)


色々と書きたい事があったのですが
とりあえず、震災関係ということで、あるNPO法人の会報に掲載された
記事をご紹介しようと思います。


東京在住の当サロンのお客様Aさん。
震災後、ご親族の会社の復興のお手伝いの為半年間仙台に滞在していました。

震災後の混乱している仙台で暮らしていた時に感じた事を
4ページにわたって書かれています。

その中から一部抜粋してご紹介いたします(Aさんのご了承済みです)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ある日、祖母の提案で私は津波が到来した地域に行く事になりました。
祖母曰く、「まるで空襲の後のようだ」という名取市に祖母と叔父と一緒に行きました。
広がる大地に枯れた草木。田んぼには大きな船が転がり、
津波の脅威を感じずにはいられません。

夕方時という事もあって、辺りは暗くかろうじて道の傍らにぽつんと
電柱が立っていますが、それ以外のものは何もなくただ一面に
焼け野原のような土地が広がっていました。

『しっかりと見ときなさい』という祖母の言葉が頭に響く中、
何一つ言葉が出てきませんでした。テレビで見た津波の映像が頭の中をよぎり
この場所と結びつけようとするのですが目の前に広がる光景とうまく結びつきません。
ただただ悲しくてこれが現実なのだと自分に言い聞かせるのが精一杯。

マスメディアから得る情報と現場に立って得る情報は
全く異なるものだと知った瞬間でした。
どちらが良いというわけではなく、感じるものが全く違ったのです。

名取市を訪れた事は、私にとても大きな影響を与えました。
東京の実家に帰省するたびに友達や知人に、今の被災地を知ってもらおうと
自分のみてきたことや体験を積極的に話すようになったのです。
それは、忘れて欲しくない、まだ3月11日はおわってなんかいないのだという
思いからでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3月11日は一日中特別番組が放送されるようですし
震災ドラマも放送され、沿岸部では映画もたくさん撮られているようですが
Aちゃんが書いているように

マスメディアから得る情報と現場に立って得る情報は
全く異なるものだと知った瞬間でした。
どちらが良いというわけではなく、感じるものが全く違ったのです。



見て感じて体験してそこから何を学ぶのか
その人次第なんだと思います。


東京へ戻り普通の生活を取り戻しているAちゃんですが
趣味で撮っている写真が以前と大きく変わったそうです。

私は写真とか芸術的な事はまったくわかりませんが
先日メールで送ってくれた写真を見てハートがふわっとして
実際の写真をみたらなぜか涙が出ました。

海からのメッセージを感じますね。



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12:23 東日本大震災 -
あれから11カ月〜自然からのメッセージ その2〜

悲しんでいる事を悲しんでいる自然達
続けて送ってくれたメッセージは


【一緒に過ごしてきた日々を忘れないで】



車で少し東に走らせれば海がすぐそばにあり
北、西、南に走らせれば豊かに育った木々に囲まれる宮城県。


子供の頃は、深沼海水浴場や菖蒲田海水浴場にウキワを持って海水浴
春になれば潮干狩りに連れて行ってもらいました。
石巻や松島、閖上の花火大会は夏のデートの定番。


そんな思い出の場所は今は見渡す限り何もなくなり、
雑草がはえ、瓦礫が積み上げられている。


でも、そこに人々の営みがあり、笑顔があり、思い出がある。


そこにあるのは、津波で流された場所ではありますが
たくさんの笑顔と思い出を作った素晴らしい場所である事を忘れないで。


「悲しい思い出」ではなく、「楽しい思い出」をたくさん作った場所
これからも変わらずに作って行く場所


良い時も悪い時もどんな時でも
自然は寄り添い見守ってくれている
そんなメッセージを受け取りました。


来月11日に東日本大震災から一年を迎えます。
あらゆるメディアからまた注目を浴びる東北地方。

人の思いはそれぞれですが、可能であれば
繰り返し放送される津波の映像に焦点を合わせるのではなく
楽しかった思い出を振り返り、自然に感謝する
そうすると自然も喜ぶのではないかな・・・
と思います。

、、















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